昨日、ほんとに「ふと‥‥」思いついて、ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次
<じぶんで選べないことは、その人のせいじゃないです>
と書き記しました。
これは、吉本隆明さんがなにかのときに、
呼吸でもするように言ったことばです。
生まれた時代や生まれた国、どちらもじぶんで選べない。
肌の色、からだの大きさやかたち、
そして兄弟やら両親も選べません。
親しい人どうしが、たがいに、
からかいあったりすることはあるかもしれませんが、
じぶんでどうしようもないことで、
責められたり不利益を受けたりするのは、
あってはいけないことだと思います。
・もうちょっとだけ広げると、
いかにも「じぶんで選べる」ように見えて、
じつは「じぶんで選べない」こともたくさんあります。
ものしりであることとか、教養があること、
たくさん本を読んでいることなどを、自慢する人や、
ものを知らない人を簡単にバカにしようとする人が、
なんとなく気持ちわるいのは、
教養を得るための時間や環境があったことを、
勘定に入れてないからだと思います。
ほんとに教養のあるかっこいい人は、
ものを知らない人をバカにしたりしません。
いや、あらゆる人から学ぼうとします。
・ま、こういうふうなことを言うと、
どこかに「じぶんはどうなんだ」ということになって、
さんざんボロが出るのは目に見えているのですが、
ものを知らないとか、ものを言わないとか、
そういう人が否定されるような考え方は、
ほんとうのよさを持てないんだよなぁ、と、
このごろ、つくづく思うのです。
中世に生きていた親鸞さんが、
「南無阿弥陀仏と言うだけで、誰でも」と言ったのは、
修業を積んだとか、熱心に勉強したとかじゃない人を、
まるごとみんな肯定したという意味で、
かっこいいなぁと思えるんですよねー。
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